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福沢祐巳に対する評価(2):パラダイムシフト

作成年月日
2009年01月21日 00:00

概論


冊数としてはたった2巻の、しかも続き物である「レイニーブルー」〜「パラソルをさして」で、ついに小笠原祥子が物語のテーマから退き、代わりに祐巳の特質が露になって来る。以前から言われていた祥子に対する優位性と未だ語られない祐巳の才能に祐巳自身が気付くこの巻は、以降の「マリア様がみてる」の方向性を決定付けるターニングポイントとなった。祐巳の目が小笠原祥子からリリアン女学園高等部全体へと向かう様を抽出する。

各論


セルフポートレイト

【いじられてナンボの福沢祐巳】

ここまで福沢祐巳は周囲の人間に愛されつづけ、しかしその事に対して正当な対価を持ち合わせていない、と感じている。祐巳自身が自分の事を”取り得がない”と断じている為に、高スペック揃いの生徒会の中にあってなかなか安心出来ないのである。第一巻から思い悩んできた”自分は小笠原祥子の妹に相応しいのか”という問いの答えも明確には出ていない。実際祥子との関係はまだまだ希薄で、時々泡のように心が通い合う瞬間が立ち上ってくる事はあっても、基本的に祐巳は祥子に従属し、祥子の方は内心祐巳に依存している癖に上級生としての使命感が邪魔するのか、その事に思い至っていない。周りの人間は皆、優位に立っているのも影響力が強いのも祐巳の方であると思っているのに、当人達だけがその事を読み違えて、イニシアチブを握るべき人選を間違えているのである。

そんな折に後のラスボスである松平瞳子の揺さぶりを受け、この船頭を間違えた泥舟=紅薔薇号はあっと言う間に沈没してしまう。すべて祐巳の自信の無さが招いた事態であり、その傾向は、事件前の冗談めかしたやり取りの中にも顔を出している。

「『あなたより、瞳子の方がずっと祥子お姉さまに合っていると思うー』」
由乃さんはしなを作って、瞳子ちゃんの口調を真似た。
「うっ」
「『祐巳さまに、いったい何ができるというのぉ』」
「ややっ」

【「チェリーブロッサム」】

結局誤解が誤解を呼び、祐巳の及び腰が事態を複雑化させたことで姉妹の縁は破局したかに見えたのだが、ここで祐巳は先の蟹名静嬢の予言を実践してしまう。祥子から手を放してしまうのだ。

スタンドアローン

【どうにもならない小笠原祥子】

祐巳さんは祥子さんがいなくてもそれなりの学園生活を送れたとは思うという指摘は祐巳の与り知らぬ所で交された会話だが、実際その通りに、打ちひしがれつつも視野を広げ、前を向いて歩き出す強さが祐巳にはあった。それに引き換え祥子の方はと言えば、祐巳なしでは悲しみの淵から帰還する事も出来ず、ひたすら泣き崩れ通しという有様である。

”小笠原祥子”という枷を外し、それでも自分がやっていけるという手応えを得た祐巳は、ここで初めて”事態を収拾する行動”を起こす事になる。一般生徒たちの噂を消す為にラスボス松平瞳子と友好的な素振りを演出し、更に祥子の抜けた穴を塞ぐ為に瞳子を生徒会の手伝いに引き込むという一連のスタンドプレーは、祐巳が自己の責任で執り行った、初めての生徒会活動であろう。今まであっちに巻き込まれこっちのご機嫌を伺いしていた祐巳が、事態をコントロールしようとした最初の出来事がこれである。また祐巳が目的の為には”善意”だけに頼ったりしないしたたかな部分も持ち合わせている事がここで描写される。

「遠巻きだから声までは届かないって。にこやかにしていれば、親しく話をしているように見えるわよ」

【「パラソルをさして」:福沢祐巳】

結果を出す為には苦手な後輩を引き入れる事も苦にしない事、一番気になる事案を一旦脇に置いた時その目に映ったのが”生徒会”だった事。この出来事の中に、後の祐巳が手に入れる全ての物の萌芽が含まれているのは興味深い。

勝利の方程式

校内の事態を沈静化させると同時に、小笠原祥子との姉妹ごっこも終焉を迎える。先代のロサ・キネンシスに請われ、床に崩れ落ちたお姉さまの前に立ったその日は、もう誤解のしようも無く小笠原祥子には福沢祐巳が必要なのだ、という事を本人達も思い知らされた日でもある。理由は分からないがこの人には私が必要なのだ、と祐巳が確信した時、彼女は自分の中に申し訳無い程”小笠原祥子なしでもやっていける自分”も見ていた筈である。だからと言って、祐巳が祥子に向ける愛情に一切の打算は無い。優越感に浸る訳ではなく、ただ、大好きなお姉さまと自分がどうすれば幸せになれるか。その道筋がはっきりと見える様になったのだ。

自身の責任で行動し、その結果をちゃんと出せた事。自分が祥子に必要とされていると確信できた事。この二点により、福沢祐巳の評価は激変する。変わったのは他者からの評価ではなく、自分から見た自分への評価である。自身に引け目を感じる事も無く、自分に出来る事を人に教えてもらう必要も無い。まだ誰も気付いていなかったし、祐巳自身も筋道立てて理解していた訳ではないが、確かにこの瞬間、福沢祐巳は何某かの手応えを感じていた筈である。だからこそ、この後祐巳は自分の中に眠る”命令”を躊躇なく遂行していくようになるのだが、その命令については後述する。

まとめ


小笠原祥子との絆を確定的なものにした事で、物語は次のステージへと移行する事になった。祥子とのエモーショナルなクライマックスに目を逸らされてしまうが、この巻で重要だったのは祐巳が校内の事態をコントロールした事である。祥子の件はあくまできっかけであり、祐巳が目標(校内の噂の沈静化、生徒会の人手不足の解消)を設定し、それを実現する為に作戦を立て、その作戦を実行した事。更に言えばそれを行える自分自身に祐巳が気付いた事が大事だったのである。

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マリア様がみてる:福沢祐巳に対する評価