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星を継ぐ者(ロボットの動かし方)

作成年月日
2005年11月06日 03:21

ジャブロー制圧戦では新作カットが殆ど無い。 前後の辻褄が完全に合ったので、新規に描き起こす必要が無いせいもあるが、テレビ版の出来がいいので直す必要が無いのである。

テレビ版のフィルムを残すと聞いた時、「きっとあの辺は残るだろうな」と思ったのが、この部分、カミーユがジャブローに乗り込むまでの一連のシーンだった。 ウェイヴライダーという大気圏突入用のドダイに乗ったMk-Uが、そのままそれをサーフィンのボードのようにして水面を滑走しながら敵を打ち落としていくのだが、当時テレビを観ながら「やっとエンジンが掛かって来たか」と生意気な事を思いつつもワクワクしていたのを今でも鮮明に憶えている。

富野氏は昔「ロボットモノなんて本当はやりたくないけど、そんな物しかやらせてもらえないのが現実なんです」みたいな事を良くインタビューで言っていた。 制約のある枠組みの中でどうやればドラマを描けるかに腐心し続けたと述懐しているわけだが、その言葉とは裏腹に、彼のロボットの動かし方は世界一である。氏はいつでもロボットの想定範囲を越えた使い方を模索し、色々なアイディアで我々を驚かせてきた。 突き詰めて言えばロボットの格好良さというのは「汎用性」である。

人型の有利性についてはPS2ゲームの「ガンパレード・マーチ」で明快に解説されているが、要は「弾が切れても殴る事が出来る、足が折れても這って移動出来る」という強みである。 この辺に思い至らない女性が「ロボットで戦う意味が分からないよねぇ」と発言するのを何度か聞いた事があるのだが、戦闘機は弾が尽きたら帰ってくるしかないし、戦車はキャタピラが壊れたら移動できないのである。一番ひ弱だが、一番「工夫次第で何でも出来る」人型がヒエラルキーの頂上にいるのは、現実世界を見れば分かる事だ。現実に人型兵器が存在しないのは技術と予算が足りないからであって、頑丈でコストパフォーマンスの良いロボットが作れるようになれば、それは間違いなく運用される事になる筈なのである。

……ちょっとムキになって話が脱線してしまった。 何が言いたいかと言うと、「汎用性=運用時の工夫」を描いてこそのロボットだと言いたいのである。で、富野氏はその辺の描写が恐ろしく上手く、ファーストガンダムでザクの動力パイプを引きちぎってみたり、スラスターの全力噴射とジャンプを併用して飛べないモビルスーツを空中に舞わせてみたり、イデオンでは上半身部分だけ分離して敵を殴り倒してみたりと敵も味方も視聴者も呆気に取られるような使い方でその「カッコよさ」を描いて来たのである。

ところがテレビ版の「Zガンダム」ではどういう訳かその辺の工夫が乏しく、宇宙空間でビームライフルを打ち合うだけの戦闘シーンが大半を占めたので退屈だったのだが、このジャブローにおいて、やっと富野監督らしい描写が出たのが「サーフィンするMk-U」だったと言う訳だ。「エウレカセブン」の20年前にもうロボットは波乗りをしていたのである。

いつの間にか連邦軍に捕らえられていたレコアとカイを救出し、地下にセットされた核爆弾から逃れる為、敵の大型輸送機を徴発して飛び立つくだりも殆どテレビ版のフィルムなのだが、三枝成彰の新録BGMも手伝って全く古さを感じさせない。

新作で彩られた降下作戦と出来のいい旧作の制圧戦により、ジャブロー戦はウハウハの内に終了した。 何がウハウハかと言うと、ここで温存したアニメーターの労働力を、全てこの後のクライマックスに使えるからである。

続く