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星を継ぐ者(理由なき反抗)

作成年月日
2005年11月05日 04:21

「ハリウッドの始め方」でハリウッドでは物語の導入部がかなり公式化され相応の成果を挙げている事を書いたがこの「星を継ぐ者」に限らず、富野氏の映画は概ねその範を逸脱する。ここでキャラ立てや状況説明に失敗すると、その後回復するチャンスは殆ど望めないのが常だが、この監督は進んで失敗する。失敗というよりも嫌がっているとしか思えない。

この物語は二つの事柄が発端となっていて、大局的にはシャア=アズナブルという軍人がコロニーに潜入した事、局地的には、女みたいな名前を付けられたカミーユ=ビダンという少年が、それを馬鹿にしたジェリドというティターンズ(地球連邦軍の特務部隊)のパイロットに殴りかかる事から始まっているのだが、その双方ともが、明確な動機が説明されないまま状況だけが始まってしまうのである。

シャアの方は観客の興味を引く為に、状況だけ描写するのが正しい。敵勢力が新型ガンダムを開発している噂を聞きつけて偵察に来たという事は、一応読み取れる。ガンダム自体を知らずにいきなりこれを観に来た人に対しては「あぁ、危険を犯して何か調べてるのね」くらいの認識を持って貰えれば構わない話である。

しかし、この映画の主人公カミーユ=ビダンの方はと言えば、開始早々いきなり軍警察の取調べを受けているのである。テレビシリーズを知る人は全員「ここから始めちゃうのか?」と、呆気にとられたのでは無いだろうか。取調べをするMPの妙に不自然なセリフから、一応彼が「ティターンズ」という団体の人間に喧嘩を吹っかけて捕まったという事は分かるが、それだけである。

その後彼は調書を投げつけたMPにハイキックを見舞い、誤って墜落したガンダムMk-Uを戦闘のドサクサに強奪し、ハイキックだけでは足りなかったのか件のMPにバルカン砲の威嚇射撃までお見舞いしてしまうのだが、この間僅か10分足らずである。「あの子、一瞬で周りの事態が分かってしまうの?」とティターンズのエマ=シーンに言わせているが、我々としては10分で自分の人生を棒に振る彼の行動力にこそ感嘆させられる。

この導入部は正しい判断だったのだろうか。もちろん正しい。

テレビ版では2話にまたがってカミーユがガンダムを強奪してコロニーを逃げ出す所までを描いている。1話終了時点でまだガンダムに乗る所まで行っていなかった「Zガンダム」は、第1話でガンダムに乗ったファーストガンダムに比べて慎重にキャラクター像を確立する気だったと言えるが、実は時間が掛かった割には大した効果は無かった。効果が無かったというか、そこでじっくり描かれたカミーユ=ビダンという少年は「口より先に拳が出る短絡思考で、生身の人間相手にバルカン砲をぶっ放して高笑いするような」嫌な奴だったのである。

どうせ描けば描くほど嫌な印象しか与えないのならそこは駆け足で済ませてしまおうという算段だったのか、それとも状況を急速に展開させて観客の思考力を奪ってしまうという、富野氏得意の作劇方針の副産物なのかは分からないが、結果的にカミーユは「最小限の嫌な印象」でこの難所を切り抜けた事になる。そして間髪いれずティターンズによるカミーユの母親殺害、父親の戦死というエピソードを畳み掛ける事で、観客の同情を引ける所まで急いで辿り着く。

人を殴りまくってモビルスーツを強奪した少年の印象が定着する前に、不幸な戦争の犠牲者というカウンターで彼の人間性を平衡に戻した手腕に「上手い事やったなぁ」と素直に感心した。冒頭のエピソードを脚本から描き直してカミーユの怒りに正当性を持たせる方法もあった筈だが、そうすると後々のエピソードに齟齬が生まれるだけでなく、「Zガンダム」という物語の根幹が揺らいでしまう。カミーユはカミーユのままで、スピードだけを速めて彼の好感度を維持した訳である。

戦闘終結後、新規に描き起こされたシーンでカミーユはシャア、エマ、レコアという大人に囲まれている。両親を亡くし、軽く過呼吸に陥っているカミーユをそれぞれの大人が、それぞれのやり方で控えめに気遣っている。大人の面目躍如のシーンであり、同時にカミーユがこの時点では「庇護するべき子供」だという事を登場人物が表明した革新的なシーンである。

カミーユに対する歩み寄りが描かれ、カミーユもまたそれに素直に甘えられるという関係が描かれたおかげで、テレビ版にあったギスギスした空気は完全に消えた。今後彼が不当に大人に反抗するシーンが描かれたとしても、それは大人たちが許容した物であると言う寛容さが、観ている我々に対しても伝染するのである。

現にこの後、先行して地球に降りるレコアが色気づいたカミーユを軽くあしらうシーンがあるのだが、先のシーンがあるおかげでテレビ版とは印象が180度変わっているのは特筆に価する。

怒涛のスタートダッシュの後、ティターンズが起こした毒ガス事件の提示、ライラとジェリドの師弟関係、シロッコの顔見世、ブライトの寝返り、ファの合流といった必要事項をそつなくこなし、舞台は地球へと向かう。

ジャブロー降下作戦が始まるのである。

続く