ここまでグダグダに書いて来たが見るべき所が無かった訳ではない。細かい所では敵襲の知らせにカミーユがベッドから飛び起きて転びそうになりながらモビルスーツデッキに向かう所。テレビ版では不機嫌そうにのそのそ歩いて行ったが、「星を継ぐ者」同様この新作カットでもカミーユのキャラクターを感情移入しやすいものにしている。ベルトーチカとの絡みで険悪な雰囲気も少し見せたが、概ね好青年の範疇に留まっていると言ってもいいだろう。
Zガンダム登場時にファとキスしようとしてヘルメットに阻まれて上手く行かない所も焼き直し(イデオン発動篇)ではあるが微笑ましい。もっともこのシーンはフォウが死んだすぐ後に来るので前後の繋がりを考えると「君ちょっと立ち直り早過ぎないか」と突っ込みたくなるのではあるが、近年富野監督はプリミティブな性欲というかスキンシップ欲を表現する事に意欲的なのでやらずにはいられなかったのだろう。行きずりの女との思い出も大事だが目の前の唇の方も大事というセンスは10代の少年にしては無防備過ぎやしないかとも思うが、積極的に他人に踏み込もうとするカミーユ像は「星を継ぐ者」の延長線上にある物で、新訳の方針がぶれていない事の証しでもある。
テレビ版で今一つ掘り下げに失敗していたレコア=ロンドもふんだんに投入された新作カットで上手い事フォローされていた。これだけ見せてくれればいつシロッコの側についても問題ない。
サラについてはアームストロング広場でのやり取りがカミーユも含めてグダグダだった所を除けば概ね上手くフォーカスしている。下手したらフォウよりもヒロインの座に近いキャラクターなのではないだろうか。新たに追加されたシーンで子供達とのやりとりや年相応の振る舞いが描かれたおかげで大幅に親近感が増した。池脇千鶴の演技も所々やけに鼻に掛かった話し方が違和感を感じさせたが、低く丸みのある声とナチュラルな演技でサラのエキセントリックさを上手く中和させている様に思う。
そして今回の白眉は勿論エマ=シーンだろう。カミーユの肩に顎をのせて冷やかしてみたり、ヘンケン艦長の指示に対して大げさに敬礼してみたりと「かわいいお姉さん」街道トップギアである。正直に言うとちょっと惚れた。ヘンケンの方もブライトに交換条件を持ちかけるシーンで順調に株を上げており最終的に映画化で一番得をしたキャラクターはこのエマになるかも知れん。恐らく第三部「星の鼓動は愛」でテレビ版同様の最期を迎えると思われる(CMでもあのセリフが流されている)が、その時の破壊力はテレビ版とは桁が違う物になるだろう。テレビ版では任務に一生懸命過ぎてある種カミーユと似た様な不器用さと近寄りがたさを持っていたので、最期になって「勝つのよ!カミーユ=ビダン」とか言われても(そこそこ感動はしたのだが)どうも「こっちの都合も考えんと勝手な事を……」という印象を受けた。だが、このエマは違う。
出番は少ないが要所要所でカミーユの事を気に掛け、積極的に可愛がっているのだ。最期のセリフから逆算して必要なシーンを追加されたこのエマには資格がある。いくらニュータイプとは言え年端も行かぬ少年に対して、「戦線のど真ん中に戻ってアレな連中を皆殺しにして来てくれ」と言うだけの資格を彼女は獲得したのである。これで音楽が外さなかったら泣いてしまうかも知れない。
1本のストーリーという点ではこの「恋人たち」は突っ込みたくなる所が満載だったが、キャラクターの再構築という点ではかなり成功している。特に第三部への橋渡しという点ではその意味は大きい。この「恋人たち」自体を何度も観たいかというと、それは無いのだが、これを観た事で第三部が俄然楽しみになったのも事実である。そんな訳で第三部「星の鼓動は愛」に限っては劇場に足を運ぼうと思う。本当に楽しみだ。