アニメ速報が続いてしまうがスタジオジブリの新作劇場用アニメーションは「ゲド戦記」(公式サイト)だそうである。監督を務めるのは宮崎駿の長男宮崎吾朗氏という事だが、この人の略歴が面白い。
信州大学農学部森林工学科卒業後、株式会社森緑地設計事務所に入社。建設コンサルタントとして、公園緑地や都市緑化などの計画・設計に従事。その後三鷹の森ジブリ美術館初代館長を努めた人物である。アニメの仕事なぞ一度もした事が無い、宮崎駿の長男でなければどう間違ってもこんなプロジェクトに参加出来る筈も無い完全な門外漢である。普通に考えれば失敗確定のコースだが、このニュースを見た時にちょっと面白くなりそうだな、と思った。畑違いの人間が映画に手を出して傑作を物にする事は極めて少ない。「スキルがある」という事は最低条件であり、前提であるからだ。にも関わらず若干期待してしまうのは、彼が「設計」を生業にしていた事に拠る。
昨夜たまたま観た「全国高等専門学校ロボットコンテスト2005・近畿大会」の放送で14のチームのロボットが順次紹介された時に「あ、これだ」と思ったロボットがあった。他のロボットと一線を画す設計思想で作られた明石高専Aの「curvilinear」というロボットがそれである。
変形による負荷に耐える様、大きな曲線の部品を使いジョイントを極力減らしたデザインは、他のロボットにはないアプローチであり、かつ(ここが大事なのだが)その時会場に並んでいたロボットの中で一番課題に対して効率の良い回答を体現しているように見えた。自作のロボットをまっすぐ走らせるだけでも大変で、幾つものロボットがその本領を発揮する事無くリタイアしていく中、この「curvilinear」は危なげなく勝ち進んで行き結局優勝してしまった。この大会でクリアしなければならない関門は設計、制作、運用、操縦と多岐に渡り、どこかを疎かにしてもいけないし、またどこかが優れていれば他を挽回する事も可能である。しかしこの近畿大会では勝負自体が公平ではなかった。設計の段階で埋めがたい差がついていたのである。素人が一目見て「これが勝つ」と思ったものが本当に優勝してしまう位に、その差は歴然としていた。
設計したものが良く出来ていてもそれを実現する製作技術が無ければ絵に描いた餅でしかないが、設計したものが問題を抱えていては、どんなに高度な製作技術を以ってしてもその問題を解消する事は出来ない。これはアニメ制作においても同様の筈である。そしてこれは個人的な感想だが、ここ最近の宮崎アニメ(「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」を指す。「ハウルの動く城」は未見)は物語の設計自体に問題を抱えている様に思えるのだ。記録的な興行収入を更新し続け、海外の賞にもノミネートされる宮崎アニメに対して不満を持つ自分の声は完全にマイノリティの意見だが、それでも観終わった時に「ちょっと待て、そういう話じゃなかった筈だろう?」と突っ込みたくなる様な映画は観たく無いのだ。
物語において設計という作業は、人によっては優先順位が下がる場合がある。そこで回答を見つけずに進んでも何とか正解に辿り着く場合があるからだ。しかし建築の現場でそれは通用しない。とりあえず着工してもらって、決まってない所を後から考える訳にはいかない。宮崎吾朗氏の仕事を見ていないのでここから先は推測だが、彼にとっての設計という作業に対するプライオリティは、アニメ業界人の平均より上に設定してある筈である。その認識が、もしかしたらスキルや経験の不足を補えるのかも知れないと感じるのである。
これはかなり希望的な観測だと思う。原作の「ゲド戦記」には少しばかり思い入れがある為、なんとかいい物にして欲しいという贔屓が紡ぎ出したロジックかもしれないが、もし自分に「ゲド戦記」の監督を宮崎駿か宮崎吾朗氏に決定する権利があったとしても、迷う事無く吾朗氏に委ねるだろう。
別に興行収入新記録を打ち立てるようなヒットを望むわけではない。自身のこれまでのキャリアに相応しい作り方で、「ゲド戦記」である必然を持ったフィルムを作って欲しいと願うだけである。出来上がったフィルムがその課題をクリアしていたら、次に名前を書く時は「宮崎駿の長男」という但し書きを外して、「宮崎吾朗」とだけ表記させて貰おうと思う。物語の中だけではなく、彼自身にとってもこれは真実の名前を解き明かす戦いなのかもしれない。