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「盗用」の線引き

作成年月日
2005年10月20日 06:21

最近商業漫画の「パクリ」を検証すると言うのが流行っている。先日もその指摘を受けて講談社が末次由紀という漫画家の全単行本を出荷停止、絶版、回収という処置を講じた。

「盗用」と言うのがどういう物だったのかは専門の検証サイトを参照すればわかるがだらだらと10年ばかり漫画家のアシスタントとしてあちこち出入りした人間から言わせて貰えば、これが「盗用」なら今出版されている漫画雑誌や単行本の中にだって山ほど「盗用」はある。漫画だけではない。アニメだってゲームだって徹底的に調査すればごろごろ出てくるだろう。現場で他の漫画のページや、ネットで拾った画像を見せられて「これ描いて」と言われるのなんかしょっちゅうだった。トレスするより自分で描いた方が速いので適当にアレンジしながら描いていたが、その際「あんまりそっくりだとマズイから適当に変えてね」と言われる度に「俺は下手クソなので訴えられる程上手に似せられませんよ」と答えていた。もちろん、冗談ではなく本当に似せられないのだが、それはどうでもいい。

この問題で作者の末次氏は概ね「プロとしてやってはいけない事をやった」「モラルが低い」と言った論調で非難されているのだが、こんなのは間違いなく氷山の一角である。今回の件では背景ではなくキャラクターのポーズを、事もあろうかあの「SLAM DUNK」のシーンをトレースした為に露見してしまったのだが、これが元ネタが漫画ではなくバスケット雑誌の写真だったらどうなったのだろう。

一部の例外を除いて少女漫画家というのは空間把握能力を磨いていない。人体を色んな角度、色んなポーズで破綻無く描く能力が低い場合が殆どだが、それでも少女漫画においてそれはさほど問題にされない。少女漫画に必要な部分が上手ければ他はどうでもいいからだ。彼女(稀に彼)たちは、苦手な部分以上に得意なものがあるからプロとしてやって行けるのである。で、今回はバスケットボールという、ちょっと作者の手に余るシーンが必要となった為に、「SLAM DUNK」のシーンを下絵にして自分のキャラを描いたのだと思われる。これが漫画家のモラルにもとる行為として糾弾され、出版社自らもそれを認めたわけだが、いつから漫画家のモラルが「全部自分で考えた絵で漫画を描く事」になったのだろう。

キャラはダメだけど背景はいいのか?元ネタが漫画だとダメで写真ならいいのか?まるで脳みそを使ってないのに一部を描き変えさえすれば「トレース」した事にはならないのか?物凄く模写が上手い場合、横に参考となる画像を置いてソックリな絵を描いてもダメなのか?編集部がこの辺のガイドラインを明文化している例を聞いた事が無いが、それはそんな事漫画の本質に何の関係も無いからである。漫画家のモラルは「面白い漫画を描く為にベストを尽くす」事だろう?

オリジナリティを尊重するのなら格闘漫画でトーナメントをやってる漫画も全 部回収すりゃあいい。他誌で料理漫画が流行ったら自分の雑誌でも料理漫画を始めるなんてしょっちゅうやっているではないか。その行為のどこにオリジナリティが有るのだ?いつだって編集部は売れる漫画を作るために恥知らずな事を散々やって来たではないか。それがネットで祭りになった途端、これまでの全部の単行本を絶版、回収するのなら、雑誌を畳んだ方が手っ取り早いだろう。賭けてもいいが、背景まで対象にすればいくらでも出てくる。

漫画のページの元ネタを探してネットで問うのは構わない。別に悪い事ではないし、そういうのを読むのも面白いし。それに憤って作者のホームページに弾劾の文章を書き込むのも構わない。それは個人の自由だし、法に触れる事ではない。だが、今回の出版社の対応は明らかに勇み足である。先に書いた様に「何かを参考に絵を描く場合のガイドライン」という物を作らずに(少なくとも自分の時はそんな物は無かった)、またそのガイドラインを契約書のような強制力を持つ文書に記述する事もしないで、事が発覚してからさも「うわぁ、とんでもない事をしてくれたなぁ」みたいな対応をするようでは、善人としても悪人としても三流である。

法的に考えれば、この「盗用」に対してエクスキューズを言えるのは「SLAM DUNK」の作者である井上雄彦氏と、その発行元の集英社だけの筈だ。井上氏が「あぁ、まぁ別に構わないっすよ」と言い、集英社が「まぁ、ウチも探せば出てくるでしょうし」と言えばこの行為は犯罪として成立しないのだ。だったら、こちらからお伺いを立てに行けばいいではないか。交渉が決裂したら向こうに訴訟を起こして貰うなりなんなりして、この問題が著作権法に引っかかるかどうかを裁判所に判断して貰い、グレーゾーンでのらりくらりとやって来た歴史に終止符を打つ為の参考にすればいい。

ちゃんとした基準を設けずにいたら、この先同じような事がきっとまた起こる。その度に漫画家が長年描き溜めて来た単行本が闇に葬り去られるのではやりきれない。