先日、訳あって”野球の外野手がファーストミットを使ってプレイするのはルール違反なのか”という事を調べなくてはならなくなった。野手(以降この記事内では特に断りのない限り、「野手」は「一塁手を除く野手」を意味する)がそうと望めばファーストミットを使っても差し支えないの?という疑問である。それに対しての回答はネットで観測する限り「野手がファーストミットを使ってはいけないという規則はない」と言う意見と、「野手がファーストミットを使うのはルール違反である」いう意見の二つに分かれ、前者の主張には往々にして「しかしミットはグラブより大きいのでサイズ規定でたいていの物は使えない」「サイズ規定内のミットを使うメリットはない」という補足が付随し、後者の意見はそこで終わってその根拠が見当たらなかった。
野手はファーストミットで守備してもいいのか、いけないのか。結論から言うと「野手がファーストミットを使ってはいけないという規則はない」は正しい。そんな規則はどこにも書いてないのである。けれど一方で「野手がミットを使うこと」はルール違反なのだ。ここのカラクリと言うか、野球規則の読み方(読ませ方)がちょっと面白いなと思ったのでその辺の事を漫画で描いた。それが以下のものである。
おおまかな所は上記漫画で押さえられるようにしたつもりなのだが、細かい部分は端折ったので、この結論に至るまでの過程を記しておこうと思う。この件を調べる為にとりあえず「公認野球規則 2020 Official Baseball Rules」を購入し当該項目を読んでみたのだが、そこには確かに「野手がファーストミットを使ってはいけない」というルールは書かれていないのだ。漫画の中で引用したように、そこには「捕手のファーストミットは外周の上限がこれこれで」とか「野手のグラブの長さはこれこれで」みたいな事しか書かれていない。なるほど、野手のグラブはこういう風に測って、その長さはこれこれを超えてはいけないんだね?それは分かったよ、しかし俺が知りたいのは”野手がミットを使ってもいいのかどうか”なのだが?みたいな。
で、これアメリカではどうなってるんだろうと思ってアメリカの野球規則のサイトを見に行ったら気付いた訳です。あれ?この章番号とか書いてある内容とか、さっき読んだ「公認野球規則」とまるっきり同じじゃないかと。考えてみれば当たり前で、日米間で野球の試合をやる事は勿論、それ以外の国ともオリンピックや交流試合やらで戦う事は多々あるわけで、国ごとに野球規則がバラバラだと試合する度に一からルール確認する必要が生じるので、そこは先に統一しておくのが望ましい筈だよなと。そういう訳で日本の野球規則は米国のそれを下敷きにしていたのですね。初めて知りました。米国の野球規則が改正されると間をおかずに日本の野球規則も改正される。なるほどなぁ。勿論、それぞれの国の実情に配慮して細かい差異はあるけれど。
で、米国の野球規則の中に、日本版の方では削られていたニュアンスが存在している事を発見した訳です。それが「may wear」。日本版の規則が「捕手のミットは〜」「野手のグラブは〜」と、その用具を主語にして始まっているのに対して、米国版は「捕手は〜」「野手は〜」と、人を主語にして書かれている訳です。これであれば「野手はミットを使っていいのか、いけないのか」という疑問は発生しない。だって「野手はグラブを使え」と書いてあるんだもん。
ここの書き方の違いが面白いなと思いまして。これ、決して日本野球協会の翻訳が至らないという話ではないんですよ。日本版の規則を読むためにはちょっとしたコツというか、それこそルールがあるんだなという事に気付いた訳です。「やってはいけない」ことが列挙されているのではなく、「書かれている事がしていい事なのだ」という前提をまず自分の中に準備しないとこの規則は読めないようになっている。スポーツは競技者の技量や用具の進歩等、様々なファクターが進歩し続けるので、時折ルールが状況を後追いせざるを得ない事態を迎えるけれど、そうであるが故に規則は極力シンプルに、かつ本質的な部分を明確に定義出来るように書かれなくてはいけない。日本の野球規則に「捕手のミットは」としか書かれていなければ、それは即ち「捕手が使えるのはミットだけ」を含意する訳です。だってそう読まなかったら他のあらゆる道具(洗濯機とか投網とか)でボールを取っても構わない事になってしまうから。
「米国版の規則が明確に使う用具を指定している」事と「日本版の規則をそう読まなければあらゆる道具の使用が許される事態になる」事の二点を、「野手はファーストミットを使ってはいけない」の根拠として納得する事が出来ました。これはあくまで個人的な判断の根拠なので、もしかしたらまた別の理屈で「野手はミットを使ってはいけない」が成立してるのかも知れないけれど(注1)もしそうであれば、きっと誰かがまた別に機会に書いてくれるでしょう。
- 注1
- 根拠はともかく、「野手はミットを使ってはいけない」事で合意されている事は、日本野球協会の窓口に問い合わせて「野球審判員マニュアル 第4版」の中でも記述されている事を教えていただきました。その節は大変お世話になりました。この場を借りて、お礼申し上げます。