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ハッピーエンドのクラウドファンディング「ニーアオートマタ」を終えて

作成年月日
2020年03月07日 02:24

アニメはハッピーエンドを希求する、という前提はよく理解できる話である。主人公は多くの場合強大な敵と戦わなければならず、このままではどうにも勝てないぞとなれば、誰かの為に、或いは世界の為に自らの命さえ犠牲にする。その人間を「うむうむ、よくやった、ありがとう」と放置しておける視聴者は少ない。何よりこれはエンターテイメントなのだ。お話の中でくらい奇跡が起きてもいいじゃない、と思うのも仕方ない。けれどその視聴者の願いに安易に応え続けた結果、「死んだと思った主人公が良く分からない理屈で無事に帰って来ました」というプロットで幕を閉じた作品が累積して来たのも、また事実である。

命を代償に勝利を得たのであれば、その代償が良く分からない理屈で返却されることは許されない。それは、決死の覚悟で、幾多の葛藤を経て掴んだ勝利の価値を下げてしまうから。代償が返却されるのであれば勝利も返上されなければならない。それでもそこを無かったことにしたいのであれば、練りに練られた伏線か、有無を言わさぬ演出が必要とされる。けれどそれはなかなか実装するのが難しい要素である。世界の平和をひと一人の命で買おうとする事自体無茶なのに、さらにその代金すら踏み倒すなんて、そんなウルトラCが簡単に出来る訳もない。妙手が浮かばなければ後はもう、払えない物は払えないと居直ってめでたしめでたしとするか、主人公には潔く死んでもらうかの二択である。それが、先日までの私の認識であった。「ニーアオートマタ」と言うゲームをクリアするまでの。

実は、払えないものを払う方法はあったのである。

「ニーアオートマタ」の概要

なんかこう、ゴシックな衣装を纏ったかっこいいお姉ちゃんが機械相手に戦うアクションロープレである。申し訳ないのだが、このシリーズの前作(「ニーアゲシュタルト/レプリカント」)すらプレイしてない自分にはこれ以外に言える事がない。アクションは抜群にかっこよく、戦闘難易度も常に更新され雑魚相手でも気を抜けば死ねる。かと言ってどこかの面で半日死に続けるような鬼難易度ゲームでもない。バランス調整は細心の注意が払われており、理不尽な強さの敵に呪詛を吐く事や、強制される面倒なおつかいに辟易することも無い。猿のゲームの後だと「え、こんなにもてなされてしまったら人間としてダメになってしまわない?」と要らぬ心配をし始めるくらいのエンターテイメントである。

ゲーム自体の出来もさることながら、ストーリーも適度に容赦なく、機械生命体がそこここで人間らしい振る舞いを見せようとも敵は敵であるのできっちり殺す。戦争状態なので味方の方も死ぬ奴はきっちり死ぬ。コンパクトな周回モノかと思いきや2周目からのボリュームはプレイヤーの予想を超え、気が付けばやる事全部やってきっちり終わる所も見事である。単によく出来たゲームとして買って損はない。いや、ほんとによく出来たゲームである。

また、このゲームにはネットワーク機能なる物が付いていて、それをオンにしているとフィールドのそこここで他プレイヤーの死体なるものが転がっている。体裁的には戦死した面識のない同僚アンドロイドであり、主人公はクールな戦闘用アンドロイドではあるが他者の気持ちを慮れる程度のAIも備わっているので、その亡骸に「黙祷」を捧げる事も出来る。黙祷の見返りにその亡骸に備わっていた特殊能力を一時的に借りる事も出来るし、少しの間復活して勝手に戦ってもらう事も出来る。MMORPGやFPSのような濃密なオンライン協力プレイではないが、自分以外の誰かがここで戦って残念ながらやられてしまったのだなという連帯感と、間接的にではあるが発生する戦闘力の貸し借り(自分が死んだらやはり誰かのプレイ画面で死体となって転がるのである)により、twitterではないが「ゆるい繋がり」が醸成される。自分はこの黙祷が大好きで、死体を見かければほぼ漏らさず黙祷を捧げていた。一時的に借り受けられる特殊能力が魅力だったのは確かだが、このゲームを「そういうゲーム」にしたかったというのが一番の動機である。アンドロイドと機械生命体の終わりの見えないの戦いの中で、しかし主人公たちは死者を弔う事は忘れない、そういう風に演出しておきたかったのである。

チップチップ、またチップ

このゲームの仕様はオーソドックスなレベル制なので、ある程度の敵を倒すとその都度主人公のレベルが上がるのだが、その恩恵はさほど顕著ではない。前述したように敵もじわじわと強いのが出て来るので「あー、レベル上がり過ぎてしまって戦闘がつまらんなぁ」みたいな事にはなりにくい。武器の強化や消耗型ドーピングアイテムも戦闘に大きな影響を与えるが、なんと言っても楽しいのはチップの収集と合成である。「移動速度アップ」や「6秒間ノーダメージで1秒あたりHPの何パーセントずつ回復」とか、そういう自身の性能向上チップを拾ったり貰ったり買ったりしながら、それらを更に合成してよりドーピング嵩のあるチップを作り出すのである。自身に搭載できるチップのスロット数には上限があり、個々のチップは例え同じ性能の物であっても消費するスロット数(これをコストと呼ぶ)は個体ごとにランダムに違う。なるべくコストの低い個体同士を合成し、より多くのチップを上手い事スロット内に組み込む事が出来た時の悦びは格別だ。

レベル0のチップ2枚を掛け合わせるとレベル1のチップになり、そのレベル1のチップをまた2枚合成するとレベル2のチップが誕生する。レベル6(合成上限レベル)のチップ1枚作るのに必要なレベル0のチップの数は64枚である。さらに、合成時にチップのコストは低い方と高い方の間、或いは高い方に変位するので、高性能かつ低コストのチップを作ろうと思ったら最初から低コストのチップを厳選しなくてはならないのだが、そんな物そう簡単には手に入らないのでとりあえず目先の利益の為に今はこの程度で妥協するか、いやでもさすがにコスト19とか他のチップが入らねぇだろみたいな葛藤も含めて考える事は多い。こんな作業で喜んでるのはお前だけだ、と女房辺りには思われるかも知れないが、チップによる性能の底上げと多様化は戦闘を有利かつ戦略的に楽しくさせる為に必須なのである。

本題

さて、ここまで読んでどうだろう、このゲームやりたくなっただろうか。この記事作成時点でというか自分がプレイしたのが発売されてから結構経った後なので、まだプレイしてない人の数自体少ないのかも知れず、だとするとこんな心配は必要ないかも知れないのだが、しかし自分同様なんとなくスルーしちゃってたな、という人はきっと居る筈である。もしその中で、幸運にも「じゃあちょうど今セール中だし、やってみようか」と思った人が居たら、どうかこのページをこれ以上読むのは止めて、さくっとプレイして、全部終わったらまた戻って続きを読んで欲しい。ここから先、大人としてそれはどうなんだ、と眉を顰められるくらいのネタバレをするつもりなのである。その為にこの記事を書いている。

コレダケ念ヲオサレテモ、マダ続キヲ読ミマスカ?
□はい
□いいえ

「■はい」を選んだ人だけ次に進んでいただきたい。

ハッピーエンドのコスト

そもそも何の話をしていたかと言うと、ハッピーエンドが抱える難しさの話をしていたのである。強大な敵を前にし、圧倒的な戦力差に絶望しかけつつ、それでもいくらかの努力と、機転を支えに抗い、それすらも足りないのであれば自身の命を投げ出して世界を救う事をも厭わない登場人物をそのまま見殺しにすることを許容する事は難しく、しかしだからと言って、それだけの代償を払っておきながら最後良く分からない理屈で無事でしたとなって帰還することを許容する事もまた難しい。

ニーアオートマタは1周目、プレイヤーは本作のヒロインである女性型戦闘アンドロイドのモデル名称「2B」を操作し、ある程度の所まで行ったらまた初めから、今度は1周目でアシスト役として2Bに随行していた少年型アンドロイド「9S」を操作して、前回とは少し違う視点と情報を与えられつつ一連の事件を再体験し、やはり1周目と同じ結末を迎える。ここで終わりか、いやぁ、いいゲームだったなぁと余韻に浸っていると、次回予告編のような動画が流れ、え、これ続きがまた出るの?やっほぅと喜んでるとその次回作が始まってしまうのだ。ゲーム続行なのである。

うわぁ、なんだこれ、後日談みたいな奴が付いてるのか、太っ腹だなぁと思ってプレイを続けているとどうも様子が違うことに気付く。後日談ではなく、ここからがクライマックスなのだ。今までやらされていたのがただの前半部分だという事に愕然とする。前半未消化で終わった、しかしそれはまぁ回収しなくても構わないよなと思われた伏線も回収し、ちょっと顔見せしただけでその後見かけなくなったアレ結局何だったんだと思った姉ちゃんが主人公にとって代わってプレイヤーキャラになり、気さくな少年は闇落ちし、悠木碧が声を当てているポンコツロボットはこの世の地獄を味わって退場する。ついでに言うと、1周目で主人公だった2Bはもう死んだ。

一周目ではまだ牧歌的な雰囲気を湛えていた戦場は今や敵味方の死体を見ずには通れない有様で、主人公に取って代わった半裸の姉ちゃん「A2」と、そいつを2Bの仇と追う「9S」両者の視点がめまぐるしく入れ替わりながら、物語は引き返せない所まで到達する。両者間の確執は払拭しがたく、最後、プレイヤーはどちらのキャラを操作するかの選択を迫られるが、どちらを選んでもハッピーエンドにはならない。A2を選べばA2が死に、9Sを選べば両方死ぬ。ここまで積み上げて来た容赦ない物語の幕切れとして、何の不足もない、真摯な終わり方である。1周目の偽エンド同様、この物語がここで終わっても全然問題ないのだ。

けれど、この物語はもう一つの道を用意してある。ここまで主人公たちを補佐して来た随行支援ポッドが、この結末を否定したいと願った時、我々が、我々プレイヤーが、その行く末を決めていいという事になるのだが、それはタダでという訳には行かない。エンディングクレジットが作中度々やらされて来たお馴染みの弾幕シューティングに変貌し、降ってくるスタッフクレジットを撃破する事を要請されるのである。そしてこれがつらい。難しい。そもそもこのコントローラーで弾幕シューティングはきついんじゃよ。

徐々に増えて来る弾幕に成すすべもなくやられると、その都度「まだ続けるか」「負けを認めるか」「ゲームなんて馬鹿げてると思うか」と言った文章がコンティニューの意志を確かめて来る。こちらに諦めるという選択肢なんてないのだ。今まで、物語の結末は製作者任せで、場合によってはこちらがルートを選ぶ事も許されて来たけれど、これはそれとは少し違う。与えられるでもない、選ぶでもない、いま自分は初めて登場人物のハッピーエンドを「勝ち取ろう」としているのだ。こんなチャンスはそんなにない。けれども何度やっても死ぬ。絶望的に向いてない。諦める訳には行かないけれど、勝てる見込みも見当たらない。そうして何度かの玉砕の後、再度メッセージが流れる。「他のプレイヤーの助けを借りるか?」と。

リアルタイムで共同プレイをする訳ではない、名義だけの戦力の貸し借り、あの黙祷システムがここに提示されるのである。「はい」を選ぶと、他のプレイヤーの名を表示した僚機が多数やって来て、自機の周りをクルクル回りながら一緒に弾を打ってくれる。硬すぎて段々憎悪の対象になりかけていたスタッフの名前もあっと言う間に四散する。観た事がある人なら「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム」のラストバトルを思い出して貰えれば良い。味方が付いてもなかなかにきつかったのだけど、手に汗握り何とか最後のスタッフクレジットを撃破する事が出来た。そしてエピローグが始まる。希望のある、文句のつけようの無いハッピーエンドである。

念のために言っておくと、このハッピーエンド自体ちゃんと伏線が張られていたその結果であり、件のシューティングを挟まずにこれが提示されていたとしても十分納得のいく物である。けれどそこにもうひと押し、我々が納得いくチャンスを挿入してくれた。このハッピーエンドは自らと、そして仲間たちとで手に入れた物である。文句のあろう筈もない。ありがとうありがとうと思っていると、最後にまたメッセージが表示された。「君は最後に仲間に助けてもらった訳だけど、もし他の誰かがやっぱり同じようにあそこでピンチになった場合、そのプレイヤーを助ける気はあるか」と。勿論答えは「はい」である。誰であれこのハッピーエンドは観て欲しい。そしてメッセージは続く。

「その場合、君のセーブデータを全て消すことになるが構わないか」

えっ

えええええええ……

これは別に悩んでいた訳ではない。心の底から感動していたのである。そうか、その手があったのか。そんなチャンスまで、このゲームはくれるのか、と。

勝利には代償が必要である。代償を支払って勝利を得ておきながら、その代償を無かった事にするのは許されない。けれど、その代償は、別に登場人物が払う必要はないのである。ここにある。何十時間もプレイして、合成に合成を繰り返して手にした高性能チップや強化した武器、レアなアイテム、それら全部をひっくるめたセーブデータが、しかも全世界で何万人分も。さっき自分を助けてくれたプレイヤーたちも「これ」を選択したのだ。こんなチャンスを断れる訳がないではないか。ハッピーエンドの代償を、自分たちで支払う事が出来るなんて、きっとこの先、二度とない。

正直言うとちょっとした逡巡というか、疑念もあったのだ。とか言いつつ実はセーブデータ消したりはしないのでは?なんかこう、プレイヤーの気概を試してるだけなのでは?みたいな。

消えました。綺麗サッパリ消えました。さすが容赦ない。でもそれが正しい。ハッピーエンドの代償を安くしてはそれ自体の価値が下がる。だから正しい。

すっからかんになったセーブページを見ながら、しかし気分は実に爽快である。ゲームとしての完成度もさることながら、ゲームにしか出来ないと思わせるこの仕様。自分たちでハッピーエンドを勝ち取れること、その代償を肩代わりできること。こんな体験をさせてくれた「ニーアオートマタ」という作品に対して、ただただ感謝する他ない。ありがとう。今まで気が付いてなかったけれど、本当はずっとこうしたかったのだ。

命まではあげられないけど、40時間程度のセーブデータでちゃんとしたハッピーエンドが得られるのなら、そんなの何度でもあげられるよ。