unlimited blue text archive

もう、なんとかはしない『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』のちゃぶ台返し

作成年月日
2016年06月13日 00:15

”面白いけどメチャクチャだ”。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の第1巻を読んだ時の感想は、おそらくこんな感じだったと記憶している。2巻くらいまで読んで、続きは買わなかった。アニメの方も欠かさず観ていたが、この作品の飛び道具加減に付き合うのはなかなか体力が要るなぁ、と、楽しみつつも半ば呆れていた。キャラクターの掛け合いは楽しいが、根っこの所が捻じれている。その印象はどれだけ回を重ねても変わらなかった。

ところが、テレビ放送終了後、webで公開された最後の3話を一気に観終えた時、私の中に有った『俺妹』に対する全てが覆った。この作品に寄せる少な目の好感度も、この作品から娯楽以外の物は受け取れないだろうな、という予感も、そして何より作中で描かれてきた世界のルール自体も覆った。アニメ視聴後、原作全巻を注文し、『俺妹』のゲームをやる為にPSPまで購入し、公式ガイドブックも買ってしまった上に年の瀬には(カレンダーもあるのか……)としばし逡巡した後、さすがにそれはやめとこう、と自分を諌めたりしていた。

原作もアニメも終了し、あれから随分時間が経ってしまったが、この作品の事を今でも折に触れて考えている。結論ははっきりしていて、何がそんなに気に入らなかったのか、どこがそんなに気に入ったのかも多分明確に記述できる筈なのだが、まだ少し足りない気もしている。そういう迷いを感じるくらいに、「この作品は大事に取り扱わなければ」と思ってここまで手を付けられずに来たのだが、どれだけ時間をおいてもこれ以上は精度が上がりそうもないので、もう書いてしまおうと思う。(注1

今から書くのは、私にとって『俺妹』はなんだったのか、という話だ。

高坂京介の受難の始まり

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は、覇気に乏しい主人公・高坂京介が、そこそこ人気の読者モデル兼、陸上選手である妹・高坂桐乃に、無視されたり命令されたり無理難題を吹っかけられたりする話である。物語が始まった時点で二人の関係は冷え切っていたが、妹の弱みをうっかり握ってしまったことでそれは徐々に変化し、妹から頼られるのが嬉しい彼は文句を言いつつ西へ東へ奔走する。

オタクである妹の趣味と体裁、或いは彼女の努力の結果を守るため、彼はいつでも真剣に事に当たり、相手が強面の父親だろうが出版社やアニメ制作会社の監督だろうがアメリカだろうが勇気を振り絞って立ち向かって行くのである。

彼の人当たりの良さと、他人の為に我が身のプライドを二の次に出来る度量は、解決不可能と思われた問題を幾たびも収め、彼を頼る者、彼に頼らされてしまう者の輪は次第に大きくなって行った。度重なる理不尽な仕打ちに文句を言いつつ東奔西走しながら結果を出し続けるこの主人公はなかなか見所のある奴に見えるが、問題はその手段である。後に本人が自嘲的に評した文章を借りるのなら、彼の持ち芸は”キレて脅して土下座 or 泣き落とし”だけなのだ。

本当の被害者

高坂京介は、平和な日常を愛するただの平凡な高校生である。そんな彼が妹の為に使えるカードはそんなにないし、あっても困る。勝ち目の薄い戦力で、それでも手ごわい相手を説き伏せてこその主人公なのだ。実際的なアイディアやプランニング能力もなく、徒手空拳で最前線で矢面に立って、場合によっては自らの評判を落とす嘘までついて事を収めるその姿は、彼を慕う者から見れば確かに誠実な姿に映るかも知れない。

しかし代価や保証を伴わない懇願は、相手の方にしたらたまった物ではない筈である。

アニメ版オリジナルエピソードである1期8話で、桐乃の小説が大胆に改変されてアニメ化されそうになった時、彼は妹の為に何とかそのままアニメ化してくれと頼みこむのだが、売り上げのリスクを負っているのは向こうである。原作通りにアニメ化して赤字が出た場合、その累を彼は負えないので、ひたすら頼み込む他ない。責任は取れないし、リスクを減じる良いアイディアもお金も出せないけれど、なんとかしてくれと。彼はよく妹に対して”なんとかしてやるよ”と口にするが、リスクと向き合い、責任を負い、実際になんとかしているのは相手の方である。

【恫喝・土下座・土下座。僅か2枚のカードで小説全12巻、アニメ全32話を乗り切ったのも凄いと言えば凄い】

娘が年齢制限を無視してエロゲーを買い込んでいる事を知りつつ、それを黙認する警察勤めの父親が背負う負い目も、生理的に受け付けない趣味に目をつぶって交際を続ける友人の負担も、娘の交際相手が宙ぶらりんな気持ちで、しばらく結論を待ってくれと頼まれた父親の気持ちも、それらの負担全てを”相手に負って貰う”事で、主人公は身軽なまま次のトラブルに向かう。彼の交渉には「○○してくれたら代わりに××する」という手はない。

もちろん彼の人柄に触れて心を動かされた相手の、一応納得の上での契約であるから、たとえそこでリスクが現実のものになったとしてもその責は「要求を飲んでしまった側」にある。彼は相手の納得を何より求めるので、力や金や権利で無理矢理相手にいう事を聞かせたりはしていない。だからこそ、彼が通った後には縁が出来、彼と彼の周りは上手く回り始めるのだ。

それは確かに”良い結果”であり、その状況を生んだ高坂京介に対して非難する気持ちは微塵もないのだが、ただ、望むと望まざるとに係らず、彼はリスクと負担を関わった人間すべてに振りまいて回っている。それが毎回通ってしまう「世界」の方を、当時の私はとても気持ち悪く感じていたのである。説得された君たちは、本当にそれでいいのか、と。

桐乃の不透明性

【謎の妹趣味を得意げに開陳する高坂桐乃】

一方、妹・桐乃はどんな人間かと言うと、これが良く分からなかった。まぁ、ツンデレなのだろうなと当たりは付くものの、桐乃が”オタクである”という事実が上手く伝わってこない。彼女は山ほどエロゲーやフィギュアを買い込んだり、自分の好きな作品の良さを滔々と語ったりするのだが、そのオタク気質の描写がとことんステレオタイプである事と、そもそも”何故妹のお前が妹を愛でているのだ”という点について、「よく分からない」と、明確な回答が得られなかったせいである。

ファッション雑誌の読者モデルをこなせる容姿と優秀な成績、海外からお呼びがかかる程の陸上選手、後に手を出した小説執筆で瞬く間にヒットを飛ばし、その作品はアニメ化までされる。何でも人並み以上に出来る彼女が”実は重度のオタクである”というギャップがこの作品のフックだが、そのオタク加減がよく分からない。”妹モノが大好き”という謎のファクターが彼女の正体を混乱させる。

果たして彼女はアニメやゲームが好きなのか、妹モノが好きなのか、エロゲーをやって自分の未来を探していたのかその行動原理がふらふらと定まらず、一体全体この兄貴は妹の何を守らなくてはならないのだろう、と混乱させられた。彼女がピュアにアニメ好きであるなら、大手を振ってアニメを楽しめるようにする事が課題であり、架空の妹を愛でる事が目的ならそれ以外のコンテンツに対してはもっと淡泊で居ても良いし、自分の未来の為のシミュレーションなら尚更妹を愛でる必要はないのである。お前がややるべきゲームは妹モノではなく兄モノだろうと。

勿論この作品は最初から最後まですべて往く道を決めてから書き始められた物ではないので(注2)、先に書かれた話が後からギリギリ破綻しないライン取りで覆されるのは当然である。ほとんど面識がない、と書かれていた桐乃と真奈実はしょっちゅう一緒に遊ぶ仲だったし、平穏な生活を生涯愛していたと語った京介は、実は数年前まで真逆のアドベンチャー生活を堪能していた。最終的に機能する場所に各キャラクターが収まればそれで良いのだが、桐乃のオタク属性に関しては最後まで収まりが悪かった。彼女がオタクである事が彼女自身に取ってさほど大事に見えず、いっそ妹モノのエロゲー以外には見向きもしないくらいのエクストリームさを発揮してくれた方が、すっきりしたのではと思えるほどだ。

督促

前述の、「相手に負担を押し付けるやり方が通り続ける世界観」と「行動原理がよく分からない妹」のせいで、私にとっての『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は、”悪い人じゃないんだけど、家に来られると色々面倒な親戚”みたいな立ち位置であり続けた。楽しいけれど、腑に落ちない。転機が訪れたのは、原作11巻である。

この巻で”高坂京介は本来、低温な人物ではなかった”事が明かされた。中学生の時、クラスの不登校児にちょっかいを出し、持ち前の強引さと明るさで上手い事クラスに復帰させようと躍起になった結果、彼はそこで初めて「どうにも出来ない」事態に直面し、それを受容した。自分が無力である事を幼馴染に諭され、それ以降は人にお節介を焼く事もなく、身の丈にあった生活を無難に送ってきたのである。”きたのである”というか、そういう事になった。

このエピソードは、妹・桐乃が兄・京介に対して距離を置く事になった理由を説明したり、京介が元々こういう世話好きだった事を明かした以上に重要な役割を担う事になった。彼のやり方は一度、世界に否定されているのである。これは大きい。この世界は主人公にとって、とても都合良く出来ていて、彼が頼めば誰もがそれを受け入れてくれるパラダイスみたいな場所として描かれてきたが、そうではなかった。彼の手段が通じなかった世界を一度描く事で、今現在の状況の「危うさ」が浮き彫りになった。”最近はたまたま運が良かっただけなのだぞ”という警告を、このエピソードは提示しており、実際、京介の周りの状況は手放しで「上手く回っている」と言える状況ではなくなって来ていた。。

京介と付き合ってその中にある未整理な部分を自覚させた五更瑠璃(通称黒猫)も、身の回りの世話を献身的に引き受けてくれた新垣あやせも、長い長い時間水面下で京介の防波堤になってきた田村真奈実に対しても、もう「大目にみてくれること」を要求出来る段階にはない。この世界は「そういう風には出来ていなかった」と明かされ、彼が振りまいてきた負担が次のステージへ移る事を阻害していると描写されたことで、高坂京介自身もその重荷から解放される準備が整えられた。解放されるというのはつまり、「ツケを払う」という意味である。そうする事でやっと、ミラクル発生装置から、ひとりの人間へと変容出来る。世界が正しいのであれば、彼もまた正しくならざるを得ないのだから。

正しく残酷な世界

アニメ版14〜16話=原作最終巻は、惨事・惨事・惨事のあなた状態である。受験勉強に専念する為に家事その他を引き受けてくれていた新垣あやせからの告白をその場で断り、一度付き合ったものの、結局リセットしてしばらく結論は待ってくれと頼んでいた五更瑠璃を振って盛大に泣かせ、ここに至るまでひたすら自分の事を気にかけてくれていた幼馴染が懇願しても俺は妹が大好きだ!と宣誓して平手打ちを喰らった。

彼女らが涙ながらに懇願する姿は、彼が今まで取ってきた手段と何一つ変わらないのに、それらすべてを断った。無理な物は無理。当たり前の事に、そのまま従った。今まで他人に無理を飲んで貰って来た彼が、無理を請われる立場になった途端にそれを断るのは不実に映るだろうか。もしかしたら、そう感じた人も居たかも知れないが、私はこれを正当な手続きだと思った。今まで周囲の好意で見逃されてきた”無理”をちゃんと清算した結果、彼はひとりになったのである。これまでの手管が不完全な物だという事を数年前の苦い経験から彼は知っており、それが読者にも知らされた今、もう「なんとかする」余地は残されていない。

【凄い速さで振られていく人たち。ハイキックの女王・闇の眷属の末裔・眼鏡装備の幼馴染も、妹の敵ではなかった】

これまでずっとよく分からなかった妹・桐乃のキャラクターも、(アニメでは割愛されたが)京介と二人で居る所を件の不登校児・櫻井秋美に目撃された時に言い放った「あたし、こいつの彼女です。」という台詞で全て許せた。だって小学生の頃からそれを願い、倫理的に否定され、その後何年もひた隠しにしてきた事が期間限定で叶っていて、それはもうすぐ終わりにすると二人で決めてここに居るのに、そこに何の感傷も挿し挟まずにこう言える。「あたし、こいつの彼女です」。それは凄いことである。ツンデレとかそういうラベルを引き剥がして、彼女がちゃんと真面目に兄貴の事が好きだったんだと納得させられる。これが二人のあるべき関係だと、心底当たり前に思ってないとこんな風には言えない。

自分同様に京介の事を想って来た田村真奈実に対し、恋人の座を手に入れた桐乃の「ここでそれ」と呆れ返るくらいの挑発も(好感度はグっと下がったと思うが)納得の行動である。好きなのにつれない態度を取り続けた自分と、好きなのにそれをおくびにも出さず京介の世話を焼く真奈実は同じくらいに捻じれていて、一時的とは言え、その捻じれた状態から脱した桐乃には、真奈実の在り様は看過出来ない。こうでもしなければその捻れは解けないし、それを見過ごせるほど折られた願いは安く無かったのだろう。幼かった自分の敵討ちと、未だ捻れのただ中にある真奈実への告発が同時に行われ、結果的に、田村真奈実も清算を済ませる事が出来た。

【新垣あやせ・五更瑠璃は京介自身の手で振る事が出来るが、田村真奈美はモーションを「かけてこない」ので、京介には打つ手がない。彼女をその場所から抜け出させたのは、(当人がそこまで考えていたかは定かではないが)桐乃のあの耳を塞ぎたくなるような挑発のおかげである】

自分を慕う女性すべてを袖にして妹を選んだ京介。長年の思いをやっと現実の物にした桐乃。けれど、これだけの犠牲と時間を費やしても、そこから先を「なんとかは」出来ない。この世界は過去に一度「どんなに望んでも叶わないものはある」と示されたので、ここから先にミラクルは無い。二人で最初に決めた通り、数か月の恋人期間を楽しんだ後、桐乃は妹に戻り、京介はひとりになる。これは、悲惨な結末だろうか。もっと上手い方法はなかったのか。五更瑠璃にしたように、或いは田村真奈実がそうしてくれていたように、決定的な結論は先延ばしにして、とりあえず猶予期間を貰う訳には行かなかったのか。実際、田村真奈実と高坂桐乃が殴り合いの喧嘩をした後、桐乃はたまらず自分達の関係が「今日で終わる」事を告白しようとした。それを伝えれば、まだ京介に未来が残るかも知れないという配慮からである。

だがここで『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の主人公・高坂京介は、それを言わせなかった。今まで相手に「大目にみて貰う」事で全てを上手く回して来た彼が最後に取ったのは「相手に大目に見ることを許さない」選択である。僅か3カ月の蜜月を、周囲の負担の上に築いてはいけない。自分と妹の望みを僅かの間だけ叶えるこの時間だけは絶対に、誰かに「大目に見てもらって」手に入れてはいけないのだという事を、彼は間違わずに見極め、彼が間違わなかったので世界も間違わずに彼をひとりにした。

主人公・高坂京介が妹に「言わせなかった」この行動は尊敬に値するし、ここで主人公を間違わせなかった作者の(おそらく相当な葛藤の上での)決断は、その誠実さをもって最大限讃えられて然るべきだと思うのだ。(注3

もう、なんとかはしない

どんな難題も無理矢理ねじ伏せて来た高坂京介が、一番大切な妹の、一番大事な問題の解決に際しては無理を通さなかった。読者・視聴者の間には「お前たち、それでいいのか」という声も相当あったと思うのだけど、構造的にもうこれ以外にはない。長い年月をかけて描いてきたキャラクター達を本当に愛するのなら、彼らの未来を「いずれ限界が来ると示したやり方」に今一度預ける訳にはいかない。

高坂京介が友人たちに「妹と付き合う事にした」と報告した時、その先行きの難しさから発せられた槇島沙織の「きっと今回も、どうにかするのでしょう?」という問いに対して彼は明確な答えを避けたが、おそらく彼はもう”どうにかしたりは”しない。”どうにかした”物はいずれ破綻すると、彼は知っているので、きっとこれまでとは違う道筋を探す筈だし、その意欲が彼の中にまだ確かにある事は、この物語の本当の最後の最後、桐乃と二人で秋葉原を歩くシーンの中で示されている。手に入らないものを泣き叫んで無理矢理与えてもらうような事はやめにしただけで、彼はもっと確かな方法と結果を望むようになったのだ。

高坂京介と高坂桐乃の物語は、まだ終わらない。

それが用意されているのか、どこにあるのかは我々読者も、作中を生きる彼らにも知る術は無いけれど、二人の未来にはきっとミラクルではない奇跡が用意されていますようにと、素直に願える終わり方だった。

注1
この記事では『俺の妹がこんなに可愛いわけがない。』の原作小説とアニメ版をごちゃ混ぜにして言及しているが、それは前述のように私が小説→アニメ→小説の順でこの作品を体験したからであり、また、原作小説を最大限リスペクトして作られたこのアニメ版を殊更別枠として定義する必要性を感じないからでもある。
注2
聞いた話では原作4巻のアンケートに今後ヒロイン2名の内、どちらのルートを書いて欲しいかという設問があったそうな。
注3
「他の道」に関しては、PSPゲームソフト『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブルが続くわけがない』の方で散々やり切ったからこそ、という側面はあるかも知れない。本編に納得行かない人はこっちをやるよろし。