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新宿一周試座の旅

作成年月日
2009年09月28日 01:32

この街に越して来てから早10年以上が経った訳だが、色々な変化がこの身に起きた。一人暮らしから二人暮し、そして三人暮らしへと、一緒に暮らす人数は増え続け、仕事もB4ケント紙を相手にしていた日々は遠く過ぎ去り、今ではパソコンと液晶タブレットが日銭を稼ぐ道具である。人間の方がそれに合わせるのは自業自得というか、誰に遠慮する事無く好き勝手に生きているせいなのだから文句は言えないが、どうにも不都合が生じる事は確実にある。それは、家具だ。

丸ペンを使うのに最適化された机は、キーボードを打つには高すぎるし、それに合わせて選んだ椅子は、これまた高くて机に合わせると足が床から離れてしまう。じゃあ机と家具を買い直せばいいのにと思われるかも知れないが、この部屋の家具は当時の自分が限られたスペースを最大限機能的に使えるように一から設計、製作し、しかも部屋の中ほどの高さから天井まで届く壁面収納の荷重を分散させるべく、基部も複雑に構成してしまった為、「机だけ」買い換える事も「テレビ台だけ」取り替える事も出来ないのである。ここには机という家具もテレビ台という家具もない。部屋の三方を覆う巨大な家具が一つあるだけなので、どこかを修正しようとすれば、全て一から作り直さなくてはならないのだ。

女房の部屋の模様替えを行いつつ、現在の自分の部屋の問題点を洗っていく作業を続けた結果、やはりいつかは漫画用にカスタマイズされたこの部屋をPC作業にも対応出来るように作り変えなくてはならないという結論に達した。無理の無い姿勢で液晶タブレットとキーボードにアクセス出来、長時間の作業でも首や背中の健康を守りつつ、忘れた頃にやって来る痔の進行も食い止められるような環境を構築しなければ、老いに晒されて行くこの身体は持ちそうにないのである。

そんな訳で(やっと前振りが終わったのか)「次はどんな椅子がいいかなぁ」という事を近頃ずっと考えているのである。こればっかりは実際に座ってみない事には判断出来ないので、今日友人と食事をする事になっている女房に便乗して新宿くんだりまで出かけて来た。何せ近所のホームセンターには安めの椅子しか置いていなくて、別にそれでも構わないかも知れないのだが、それは”安くない”椅子に座ってみない事には判断出来ないのだ。

女房と娘にも椅子を新調しなければならないので、家族3人試座ツアーの開始である。

今回椅子に座りまくるに当たって目星を付けたのはビックカメラやヨドバシカメラと言った家電量販店と、IDC(大塚家具)の様な家具店である。PCが普及した社会では筆記具で字を書くことよりもキーボードで入力する機会と時間の方が遙かに多い。PCに最適化した椅子はPCに明るい店の方、つまり家電量販店に集まっていると考えたのだが、それは見当違いであった。最初に行ったヨドバシカメラ新宿西口本店こそ20脚位のOAチェアが展示されていたが、他の店ではせいぜい5〜6脚。最後に行ったビックカメラ新宿西口店は2脚という有様である。何でも良ければそういう家電量販店に行って気に入った椅子を買えば良いが、自分に合った椅子を本気で探そうと思えばこれでは足りない。こういう時には、まだまだ家具屋の方が当てになるのであった。

IDC大塚家具新宿ショールームのB1フロアにはHerman Miller岡村製作所イトーキ等の気合の入った何十万もするような椅子から、それ程でもないが手頃な価格の椅子がずらりと並び、まさに座り放題である。さらに家具屋ではないがISETAN MEN'S館がまさかの大ヒット。1〜7階までは洋服屋だが、8階は夢の様におかしな高級雑貨が並んでいてそこで高機能チェアを取り扱っているのである。他の店に足を伸ばす余裕は無かったが、ちょっとお高めの雑貨屋は椅子選びにおいて有力な選択肢になりそうだ。店員が商品の事を熟知しているのも便利である。最近の高機能チェアは色々と新機軸が採用されている為教えてもらわなければ肘掛けの高さを下げる事すら出来ない場合も多いのである。

とりあえず地元では触る機会を得られない高級な椅子を重点的に試してみたが、噂に名高いハーマンミラーのアーロンチェアはコンパクトでありながら剛性が高く、メカニカル部分の頑丈さを十二分に感じられる。ロッキングの反発力の調整に少し時間が掛かるが、肘掛けを深く下げる事の出来るシステムはとても便利そうだ。座り心地は人それぞれだと思うが、頑丈さから来る安心感と小回りの良さは高機能というより、高性能という言い方が相応しい。重二並の安定性能と実弾防御を兼ね備えたライールと言えば分かる人には分かって貰えるだろうか。

そしてまったくノーマークだったヒューマンスケールのフリーダムチェアも、高い剛性を持ちながら様々な工夫で快適さを提供する先進的な椅子だった。肘掛けはアーロンチェアと同じく背面から伸ばすシステムなのだが、高さの調整は肘掛けの先を軽く持ち上げるだけで自由自在に行え、さらに座面とほぼ同じ高さまで簡単に落とす事が出来る。左右別々の高さにする事は出来ないが、このインターフェイスのアクセス性は恐ろしく高い。更に特筆すべき機能はロッキング時のヘッドレストの挙動である。背面だけが倒れるロッキングから座面も連動して後傾するシンクロロッキング、Steelcaseのleap chairが搭載しているロッキング時に座面が前にスライドする機能など、ロッキングの機構も日々進化しているがこの機能は初めて見た。ロッキング時にヘッドレストが前に出てくるのである。言い方を変えると背面が後ろに倒れて行っても頭は前を向き続けるようになっているのだ。

普通背面が倒れれば顔は上を向く。背面が倒れた状態でモニターを見ようとすれば首を起こさざるを得ないが、それをすると首の後ろが疲れる。よく”作業するなら前傾姿勢で、映画を観たりするなら後傾姿勢で”という言い方をされるが、顔が上を向いていては2時間映画を観るのは大変なのである。その度にヘッドレストの位置を調整してもいいが、仕事中に疲れたら、気分転換に4〜5分程度の動画を鑑賞して、終わったらまた仕事に戻って、というようなフリーダムな休憩を嗜む自由業者にとっては、そんな煩雑な調整は手に余るのだ。背面を倒して一息付く時も視線は前を向き続ける。今はちょっと身体を休めるけど、目と頭の中はモニターを見続けて次の手順を検討するんだよ、という執念深さも感じられる傑作であった。ロッキングの反発力が調整出来ない(公式サイトでは常に最適な反発力を生むようになっていると書いてある)のが唯一の難点と言える。個人的にはもう少しだけ緩めの方が嬉しかったのだが。

実は今回一番座りたかったSteelcaseのleap chairはどの店にも展示品が無く、当てにしていた中古取扱店も定休日だった為に座れず終いだったのが心残りだったのだが、何はともあれ次に買う椅子の方向性は決まった。後は、どれにするか、という話と、どうやってその予算を捻出するか、という話だけだが、それはまだ先の話である。