動物園のチンパンジーが小石を客に投げて8歳の女の子が軽傷を負ったという事件があったが、良い機会なので少しこの「類人猿」という我々の近親者について書いておこうと思う。別に学術的な内容ではないのだが、我が家で一番嫌われているのは類人猿の中でも特にこのチンパンジーであるからだ。
ここ数年で一番印象の変わった動物がこのチンパンジーである。それは殆どがスカパーのNATIONAL GEOGRAPHIC CHANNELに拠る所が大きい。ドキュメンタリー番組を延々流すこのチャンネルで、度々取り上げられる動物の一つがチンパンジーなのである。そこに描かれているのは決して子供服を着て映画の宣伝をするような愛嬌のある姿ではない。ある時はよそ者のチンパンジーを集団で殴って殺したり、ある時は自分のグループの赤ん坊を取り上げて八つ裂きにして食べたり、またある時は近くの集落に住む人間の家に忍び込んで赤ん坊を攫って頭から食べたり、と彼等の残虐性を引き合いに出して、彼らと遺伝子的に殆ど変わらない我々人類の残虐な行為もむべなるかなと言ってしまいそうになるくらいに、ちょっと目を覆いたくなるような行為の数々がフィルムに記録されているのである。
実際一昔前までは「同じ種で殺し合うのは人間だけだ」というファンタジーが自嘲の念を込めて囁かれていた訳だが、蓋を開けてみればそんな光景はそこかしこで目にする事が出来たわけだ。その事自体は分かってみれば至極当たり前の(フィルムでは『ちょっとお前ら落ち着け』と言いたくなるくらいの狂騒が繰り広げられていて若干げんなりするのだが)生存競争や日々の娯楽であったりするのである。蛇やワニだって人を殺す。わざわざ大人が居ない隙を伺って窓から侵入して赤ん坊を攫うずる賢さには脱帽するが、我々同様、彼らにとっても”知恵”は武器なのである。他の動物と較べて別段脅威という訳ではない。手先の器用な肉食獣だと考えれば別段特異な生き物ではないだろう。
ところがこの猛獣はなぜか先進国社会では「賢い」「言葉を覚えられる」「愛嬌がある」みたいな所だけがクローズアップされて、我々の友人みたいな扱いで厚遇されているのである。そこがムカつく。それはそういう風にプロデュースして来た人間のせいなのだが、とにかくその裏表の激しさが嫌なのである。ワニやサメやライオンやトラは、ちゃんとそういう生き物として畏怖や恐怖の対象として見られているのに、どうしてコイツはリビングに通されてお茶とクッキーを出される様なもてなしを受けているのだろう、と、どうにも釈然としないのである。
誤解の無い様に言っておくと、彼等がその残虐性を発揮する機会は稀で、フィルムに収めるのが難しい位にイレギュラーなフェイズである。殆どの個体、殆どの時間は「賢く」「愉快な」「情緒あふれる」我々の近親者であり、子供のチンパンジー等はうっかりすると自分の子供として育てても違和感無いんじゃないかと思うくらいに可愛い。運が悪くならない限り、類人猿は人間にとって感情や言語を共有出来る数少ない隣人である事に変わりはないのだ。しかしだからと言って彼等の別の面を世に知らせなくても良いという事にはならないし、画面に何の注意書きもつけずにチンパンジーが人間と握手しているような絵を映すべきではないと思う。
ロープに繋がれたトラやワニを目の前に連れて来られれば、どんなに飼育員が「愛想のよい奴なので大丈夫ですよー」と言っても緊張するだろう。それと同じ感覚を、チンパンジーが目の前に来た時にも持っていて欲しいと思うのである。