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後ろ側の世界

作成年月日
2005年06月18日 00:06

自分の漫画を描く時も、アシスタントとして人の漫画の手伝いをする時も、背景を描くという行為はついてまわる。

情景を記憶する能力の乏しい自分は、資料を見ずに絵を描かなくてはならない場合、機能から形を作り上げる事になる。電車の中ならつり革の高さを思い出し、それをつるしているパイプをのばし、どこで曲げれば席を立つ人の邪魔にならないか、自動ドアが開いたときその扉はどこに仕舞われるのか。

そうして出来上がる列車はこの世のどこにも存在しない列車だが、その世界の中でちゃんと動くように考えながらデザインしていく。

台所ならここに冷蔵庫が有ると使いにくいな、とか食器棚をこっちに持って来た方が広く感じられて料理が楽しかろうな、とかそういう事を考えるわけだ。

例え冷蔵庫を開けるシーンが無くても、左側に開く冷蔵庫を右隅に置きたくはないし、コンロの遠くに菜箸を吊るすのも困る。こんな事普通の人は気にしないかもしれないが、登場人物たちには自分の主張を代弁してもらう代わりにせめてそれくらいの気遣いをしたいと思うし、そうでないと描いていて気持ちが悪い。

今やっている仕事の関連で、車椅子の老婆がお屋敷の前で空を見上げている絵を原画家さんが上げてきたのだが、見た瞬間ガックリしてしまった。

低めの視点で画面いっぱいの空。中央に車椅子の老婆。車椅子の向こうには屋敷の玄関に繋がっていると思われる階段。

なんでやねん!と思うわけだ。

お婆さんこの後屋敷に戻れませんよ。というかどうやってここまで来たんだ。そりゃあ見えない所に階段とは別にスロープがついているのかも知れない。お手伝いさんが運んでくれて、呼べばまた連れて行ってくれるのかも知れない。けれども描く物が車椅子の老婆と空と玄関の一部に限定されているなら、そこは階段ではなくスロープを描くべきだろう。

せっかく一から世界を作るんだから、もっと気持ちのいい世界を作りませんか。